What's new? New York! ニッパー中山 & ケイジ中山のブログ

NY在住?0年のライター&カメラマンがハードコアな三面記事などを紹介。

なぜジャパレスのその日本人ウェイターはチップを拒否した?

文・ニッパー中山
イラスト・シュン山口
Tips are greatly!
chip(1、切れ端、かけら。2、数切り札。3、経木。)
gratuity(1、心づけ、チップ。2、給与金。)
 一方がキリスト教的な善意の気持ちと慈悲の精神からチップを与えるとしたら、他方は仏教的な恥の意識と武士道の精神性でチップを拒否した。
 その昔といっても、つい40年前である。まだ、「ジャパレス」などという言葉はなかった。これは最近の和製英語である。当時は正式に「ジャパニーズ・レストラン」とか、「ショクドウ」と呼ばれていた。それらの店には、必ず、一人や二人ぐらい、何故か、超ニッポン的というか武士道的な精神のウェイターがいた。強調しますが女性のウェートレスではないですよ。それらの天の邪鬼的な従業員にはオーナーも相当に頭を悩ましたらしい。以下はそのエピソードである。
 我々、日本人にとってレディーズファーストはなかなか模倣できない作法であり、旅行記などでしばしば苦心談や失敗談が記されている。もう一つ外国へ行ってよく判らない習慣にチップがある。とくに、Yes or Noしかないアメリカへきて、我々、日本人にとって Yes and No 的な曖昧性と不透明さを備えている「チップ」=gratuity(心づけ)制度はやっかいな問題である。日本人は出す側となっても、また、貰う側になっても、多少の「躊躇」と「戸惑い」を感じるのではないか?最近のヤングはそんなことはないか?(笑)もし、この国へきてジャパレスなどで働き、アメリカ人客からチップをもらうのを拒否したら、彼らはどう思うであろうか?そして、その日本人のメンタリティー(精神性)はどうなっているからであろうか?
 ニューヨークの70年代であった。やっと、海外旅行も自由に行ける時代に突入していた。日本よりアメリカ大陸の東の果てのニューヨークまで直行便がなく、のんびりと、2、3カ所を経由しながら着いた。長い空の旅は早く行きたい、見たい、という未知の憧れとともに「オレは日本人である」という必要以上に菊印パスポートの衿持をもつようになる者が多かった。
 その男は父親から、外国でどんな生活をしてもよいが、人様に迷惑をかけるような生活は絶対にするな、人様から貴賎の施しを受けるようなまねは絶対にするな、と厳しく拳拳服膺といわれた。そんな訳で、強いていえば、サムライ精神とでもいうべきものをもって、この摩天楼へ上陸した。
 そして、ぶらぶらしているうちに、持参金も底が尽きた。昔も今も、時代が変れど、このザ・ビック・アップルで、2本の腕(アーム)はあるのだが、もう1つの3本目の腕(スキル)がない人のための職業が給仕である。つまり、男ならウェイターで女性ならウェートレスという職種である。給仕だって税金を納めなければならず列記とした職業であるが、お客を飲ませて食わせるにしてもピンからキリまである。「ザガット」や「ミシュラン」に10★がついて1人のお客に対して10〜20人と大勢の給仕が至り尽せりのサービスをするチョー豪華なレストランから、逆に1人の給仕が5千人〜6千人にサービスする「マック」や「バーガーキング」まである。ま〜あ「ジャパレス」はこの中間に位置する。
 その男もジャパレスのウェイターの仕事がみつかった。しかし、彼にとってこのアメリカの生活の一部に組み込まれた「チップ」観念は自分の心のなかで折り合いがつかず悶着していた。第一に、テーブル上にお金を置いていくなんて、賽銭を投げられてお金を恵んでもらうような気持ちで恥と感じた。そして、万が一、チップをもらったとしたらその人から恩が生じるのではないか?それに、チップに固執するとお客の顔がチップに見え、チップがお客に見えて失礼だ。よってチップをもらうのは拒否しようと頑固頑迷に決めてウェイターを開始した。
 その彼はじつに礼儀正しく気配りするウェイターであった。通常、アメリカのレストランではお客がドアを開けて入っていっても店の人や給仕は「いらっしゃいませ」などという言葉はまず吐かない。出ていくときも同様である。彼はお客とみれば誰にでも「Welcome!」といい、出ていくときは「サンQ」を連発した。水がなくなると直ぐ注ぎたした。シルバー類を床へ落すとすぐニューを持っていった。いつもニコニコしながら応対し、お客からの評判はすこぶる良く、指名までしてくるお客がいた。だが、「チップ」に対してだけはヤリが降ろうがテロが来ようが自分のモットーを曲げなかった。自分はピュアーで生っ粋の日本人であり、日本の習慣でチップの制度はなく、それを貰うと親子三代の借りが出来てしまいそうで「I don’t owe your obligation!」と、もう目をまっ赤にして泪ながさんばかりに、アメリカ人客に説明し、哀訴嘆願してチップをお引き取りねがった。その態度をある客は侮辱であると判断を下す人もいれば大喜ぶする人もいた。それはそうですよね。
(1986年1月25日)